届かない食べ物に息を吹きかけて獲得するアジアゾウの発見

研究概要

総研大の研究グループは、動物園で飼育されているアジアゾウ2頭が、鼻息を巧みに操作してものを引き寄せられること(図1;動画) を発見しました。 陸上動物が空気を意図的に操作できることを実証したのは、今回の研究が世界で初めてです。ここ十数年ほど前より、 ゾウのあらゆる側面における認知能力が明らかにされてきており、ゾウの大型類人猿やカラス科に匹敵する知性を備えていることが多く の研究者により主張されてきました。今回の研究において、「息を吹きかけること」で「食べ物が転がること」を(学習もしくは洞察に よって)ゾウが理解していたこと(因果関係の理解)が証明され、ゾウの周囲物理環境に関する高い認知能力の存在が明らかにされました。

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図1 竹に鼻息を吹きかけて転がすアジアゾウ(日立市かみね動物園のミネコ)(クレジット:日立市かみね動物園)

動画1:竹に息を吹きかける様子 (クレジット:日立市かみね動物園)

動画2:枯葉に息を吹きかける様子 (クレジット:日立市かみね動物園)

Springer社Animal Cognition誌 オンラインジャーナル 2015/11/5 掲載

詳細研究内容

霊長類や鳥類などの多くの動物において、棒を使って届かないものを引き寄せることが知られていました。例外として、 ゾウが鼻息を使い、届かない食べ 物を転がし獲得するという報告がありました。この報告は、進化生物学の祖である チャールズ・ダーウィン(1809-1882)らによって19世紀に記載されたものです。しかし、現在までゾウが空気を意図的に 操作できることは実証されておらず、ダーウィンらの観察事例の真偽は100年以上の間、解明されていませんでした。
茨城県にある日立市かみね動物園のアジアゾウ2頭を、別の研究目的で観察をしていたところ、鼻息を使って食べ物を 引き寄せる場面を偶然に目撃しました。この行動は、トレーニングなどで動物園のスタッフに教え込まれたものではなく、 ゾウたちが自発的に習得したもののようでした。研究グループは、この行動について科学的に検証する計画を立てました。 このため、食べ物を放飼場の届かない場所に置くという簡易な実験場面を設定し、ゾウがどのように空気を操作し、 どのように食べ物を獲得するかを調べました。とくに、この息の吹きかけ行動が食べ物を引き寄せるために使われていたのか( 目標指向的な行動であるか)、空気の扱い方に個体差(上手・下手)があるかを調べました。

対象動物は茨城県にある日立市かみね動物園のアジアゾウ、ミネコとスズコです。私たちはゾウの鼻が届かない場所に 食べ物を設置し、日中、2頭が自由に食べ物に近づいて息を吹きかけることができるようにしました。その近くに固定 カメラを設置して、鼻や食べ物の動きを詳細に記録しました。32日間に渡る実験の中で、息を吹きかける行動が128回 (ミネコ68回, スズコ60回)観察されました。もしも、息の吹きかけ行動が食べ物を引き寄せるために使われていたので あるならば、ゾウは食べ物が遠くにあるときには息を吹きかけ、食べ物が近くに来たときには吹くのをやめてつかむと 予測されました(図2)。

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図2 食べ物の距離と行動(吹くか、つかむか)の関係の予測(クレジット:日立市かみね動物園)

食べ物の位置と、ゾウの行動(吹くか、つかむか)の関係を調べた結果、食べ物がゾウから遠くにあるほど「吹く」という 行動が多く、近いほど「つかむ」という行動が多く見られました(図3)。さらに、対象個体2頭のうち1頭(ミネコ)は、 食べ物の距離に応じて息の長さを変化させ、食べ物が遠くにあるほど長い息をはいていました。これらの結果より、 この息の吹きかけ行動は食べ物を引き寄せて獲得するために使われていた(目標指向的な行動であった)ことがわかりました。

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図 3 食べ物と対象個体の距離と、行動の関係 ゾウが食べ物を吹いた時(青)と、鼻でつかんだ時(灰色)に、 食べ物があった位置を示すグラフ。横軸の”0”は、ゾウが鼻を最大限に伸ばせば届く地点を示 す。数値が大きく なるほど食べ物がゾウに近づくことを表している。点線は、食べ物の位置の範囲を示し(青丸で示される外れ値を除く)、 四角はその25%か ら75%の範囲を示す。四角の中の太い黒線は中央値を示す。右側2枚の写真の食べ物の位置は、左グラフの 横軸に対応している。(クレジット:日立市かみね動物園)

食べ物の獲得率はミネコの方がスズコよりも高いという結果が得られました(ミネコ:81%、スズコ:70%)。また、ミネコの方が、 スズコと比べて 息の長さや食べ物が動いた距離が長く、食べ物を動かす方向が正確でした。このようなミネコの巧みな鼻息の操作は、 日々の試行錯誤により習得されたのかもしれません。
以上のように、私たちは飼育下のアジアゾウが空気の流れを変化させ、ものを意図的に動かせられることを実験的に示しました。 動物が空気を操作する報告例は 非常に少なく、例えば、水生動物のザトウクジラが空気を狩りに利用することは知られて いました。しかし、陸上動物が空気を操作できることを実証したのは今回の研究が初めてです。ものを動かすために鼻息を 使う行動はゾウ特有であり、ゾウが日常的に鼻を人の手のように自由自在に扱うことや、鼻息を身づくろいや 音声コミュニケーション のために使うことが関係していると考えられます。
ここ十数年ほど前より、ゾウのあらゆる側面における認知能力が明らかにされてきており、ゾウの大型類人猿やカラス科に匹敵する 知性を備えていることが多くの研究者により主張されてきました。今回の研究において、「息を吹きかけること」で「食べ物が転がること」 を(学習もしくは洞察によって)ゾウが理解していたこと(因果関係の理解)が証明され、ゾウの物理環境に関する高い認知能力の存在が 明らかにされました。

対象個体2頭は息の吹きかけ行動をどのように習得したのか、つまり試行錯誤により習得したのか、突然「ひらめいた」のか(洞察的問題解決)、 1頭が先に習得し、もう1頭がその行動を観察することによって習得した(社会的学習をした)のかはわかりません。また、他のゾウも息の 吹きかけ行動を行うことができるのか、息のスピードや長さをどのくらい調整できるのかもわかっていません。これらの疑問を明らかにするために、 さらなる研究を行う必要があります。

謝辞

本研究を実施するにあたり、日立市かみね動物園のスタッフの皆様の多大なるご協力をいただきました。厚く御礼申し上げます。

論文全著者

論文原題

Asian elephants acquire inaccessible food by blowing.

発表雑誌名

Animal Cognition、Springer、5th November 2015

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