ナミアゲハが生得的に好む色は、植物の匂いによって変化する

研究概要

ミツバチやチョウのように、花を訪れて蜜を吸う昆虫には生まれつき好きな色があります。この生得的に好む色は、 野外における彼らの訪花に大きな影響を持つと考えられています。ナミアゲハ(Papilio xuthus, 以後アゲハ) の色覚に関する先行研究では、メスは赤もしくは黄色、オスは青を好むことがわかっていました。今回、このアゲハに 見られる生得的色嗜好性の性差は、メスの色嗜好性が特定の植物の匂いによって変化した結果であることを、 本学生命共生体進化学専攻大学院生の吉田后那氏と木下充代講師、蟻川謙太郎教 授らが明らかにしました。
我々は、羽化してから一度も蜜を吸ったことがないアゲハに、4種類の色円板を見せて最初に円板に降りてストロー状の 吻を伸ばした色を生得的な色として記録しました。この生得的に好む色を、匂いがない状態と様々な植物の匂いがある状態 とを比較しました。匂いがないと、半分以上のオスとメスが青を選びました。 ところが、ミカンもしくはユリの花の匂いが あるとメスのアゲハでは赤を好む個体が増えました。さらに、食草があるとメスのアゲハは緑色を好む個体が増えました。 一方、オスでは植物の匂いがあっても青を選ぶ個体が多いままでした。つまり、アゲハでは植物の匂い特異的に生得的に好む 色が変わり、メスとオスで好 む色に差が生まれるのです。以上の成果は、7月15日に英王立協会の科学誌Biology Letters ( バイオロジーレターズ)に掲載されました。

詳細研究内容

研究の背景

多くの訪花性昆虫には、生得的に好む色があります。代表的な訪花性昆虫であるミツバチの好きな色は青です。 一方で、やはり花を訪れるチョウでは黄色 や赤系の色を好む種がいくつか知られています。本州以南でよく見られるアゲハチョウの仲間は、 赤い花によく行くことが知られています。彼らは、生まれつき 赤が好きなのでしょうか?
花を探すとき訪花性昆虫には、花の色だけでなく匂いも重要な情報となっています。昼行性のチョウやガは、色や形など視覚情報に強く依存 した訪花行動を示し ますが、その触角は様々な花の匂いを受容でき、特定の花の匂いが訪花行動をより強く引き起こすことが知られています。 また、夜行性のタバコスズメガの訪花 行動は、匂いに強く依存しますが、花の視覚情報が同時にないと完全な求蜜行動を示しません。
以上のことから、優れた色覚を持つアゲハの求蜜行動でも、匂いがなんらかの形で関わっている可能性が高いと考えることができます。そこで、 我々は先行研究 にあったアゲハの色嗜好性の性差に興味を持ち、その理由を探すべく改めて匂いを厳密にコントロールした環境で生得的色嗜好性 を行動学的に調べることにしました。

研究手法

部屋に小さなカゴを置き、アゲハが自然に飛び周るよう明るく照らします。このカゴの床面に、4種類の色円板(青・緑・黄・赤)を黒の背景上に 置きます。このカゴに、羽化してから数日間蜜を与えていないアゲハを放ちます。すると、ほとんどのアゲハは数分以内に、床にある色円板の いずれかに降りて、ストローのような吻を伸ばして、蜜を探す行動(求蜜行動)をします(図1)。そこで我々は、最初に求蜜行動を示した円板 の色を、生得的に好む色として記録しました。この生得的な色を、植物の匂いがある場合とない場合で比較しました。

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図1 生得的色嗜好性テスト.
空腹のアゲハに青・緑・黄・赤の色円板を見せると、数分のうちにいずれかの円板に降りて、蜜を探す。

植物の匂いは、花(オレンジ・ユリ・ハイビスカス・ラベンダー)と幼虫の食草(温州ミカン)を用いました。オレンジ・ユリ・ラベンダーの匂いは、 アゲハから見えない場所に精油を置きました。また、ハイビスカスと温州ミカンは、鉢植えを同じようにアゲハには見えないところに置きました。 また、ミカンの 花が咲いている状態を再現するために、温州ミカンの鉢植えとオレンジの花の精油を同時に置きました。どの匂いの場合も、部屋に 匂いを充満させた状態で生得 的に好む色を測定しました。
昆虫では、触角が匂いを受容します。植物の匂いが本当に触角によって受容されているかどうかを調べるため、匂いを嗅げなくしたアゲハの生得的色嗜好性 も調べました。この場合は、羽化後すぐに触角にマスカラを塗って乾かし、触角上に存在する匂い受容器が働けないようにしました。そして数日後、食草や 精油を置 いて好きな色を測定し、匂いがあるときの色嗜好性と比較しました。
植物の匂いは複雑な化学組成をもち、その組成から逆に植物を特定することができます。また、この化学組成が、特定の動物行動を誘発することも知られ ています。そこで、我々は温州ミカンの緑葉臭(植物体の匂い)とオレンジの花からとった精油の匂い成分を解析して、主な匂い成分を調合して人工香を作成、 この人工香を使った色嗜好性実験も行いました。

研究結果・考察

匂いがないとき、メスもオスも半分以上の個体が青を選びました(図2 a)。この生得的色嗜好性は多くの訪花性昆虫と同じでした。
花の匂いがある部屋で行った色嗜好性テストのうち、オレンジとユリの精油が部屋にあるとき、メスでは赤を選ぶ個体数が有意に増えました (図2bの*)。同じ花でもハイビスカスとラベンダーでは、コントロールのときと色嗜好性に変化はありませんでした。アゲハの幼虫が 食べる温州ミカンの木が部屋にある場合の テストでは(図2cの*)、メスでは緑に降りて吻を伸ばす個体が増えました。面白いことに、 温州ミカンの木とオレンジの花の匂いが同時にあっても、メスは 緑に降りる個体数が多く、温州ミカンの木のみがあるときと同じ結果になりました。 触角をマスカラで塗ったメスアゲハでは、部屋に植物の匂いがあっても、コ ントロールと同様多くの個体が青を選びました(図2e)。また、 今回用いた人工香を用いた実験では、元の精油や植物体と同じだけの効果を見ることができませんでした(図2d)。オスの色嗜好性は、いずれの 花の匂いがあっても変化はなく、多くの個体が青を好みました(図2の●)。

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図 2 植物の匂いが生得的色嗜好性に与える影響.
部屋に植物の匂いがないと、メスもオスも半数以上の個体が青を選んだ(コントロール)。花の匂いのうちオレンジの匂いは、 青を選ぶメスが減り、赤を選んだメスがコントロールと比べ有意に多かった(図中の*)。同様にユリの匂いでも、赤を選ぶ メスが増えた。ところが、食草を部屋に入れると、青を選ぶ個体が減る代わりに緑を選ぶメスが増えた。メスとオスで色嗜好性 に優位な差が生じるのは、植物の匂いによってメスの 色嗜好性が変化したときであった(図中の●)。各グラフ右横の数字は、 記録した個体数を示す。

オスでは、求蜜行動でみた色嗜好性における匂いの影響は小さく、またメスも匂いが嗅げなくなると青を好みました。このことから、匂い 情報の処理を行 う神経系に雌雄差があると考えられます。事実、メスの第一次嗅覚中枢の一部は、オスに比べると大きく発達しています。 メスで発達した嗅覚領域は、食草の匂いなどメスの行動にとって重要な匂い成分を受容しているのかもしれません。匂い主要成分のみを混合 した人工香は好きな色に影響しなかったので、ごくわずか に含まれる匂い成分が色嗜好性を変化させるのに大切であると考えています。

研究の発展性と波及効果

本成果は、①違う植物の匂いによって生得的に好む色にも違いが生まれること、その結果として②生得的色嗜好性に性差が生まれることを、 世界で初めて 証明したものです。これらの行動に関わる神経のメカニズムについては、まだこれから明らかにされるべき興味深いことがたくさんあります。
例えば、匂い特異的に色の嗜好性が変化するのは、脳のどこかで色と匂い情報が統合されることを示唆しています。アゲハの脳では、 匂いと視覚情報が入力するキノコ体と呼ばれる領域があるので、キノコ体が視覚と嗅覚の統合に重要な役割を持つ可能性があります。 異なる感覚の統合の仕組みではまだ未解明なことがたくさんあるので、今後アゲハのシンプルな脳で異なる感覚統合の重要な要素が 見つかってくる可能性があります。また、アゲハの求蜜行動で発見した色嗜好性の性差は、今のところ植物の匂いに対する感度の性差に よるものだと考えています。様々な動物の行動にも性差があるので、アゲハの色嗜好性の性差に関わる知見は、 多くの動物行動の性差の 理解の一助になるでしょう。

論文全著者

論文原題

Plant scents modify innate colour preference in foraging swallowtail butterflies.

発表雑誌名

Biology Letters、英王立協会

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