生物の設計図であるゲノム(全遺伝子情報)は染色体という「乗りもの」にのって細胞の核に収納されています。 さらに、 染色体は発生、分化、老化、生殖等の生理機能の制御においても中心的な役割を担っています。 我々は、この染色体の機能維持に関わる非コードDNA領域 (我々はインターメアと呼んでいます)を同定するために 研究チームとして取り組んで参りました。今回我々は染色体研究のモデル生物「分裂酵母」を研究対象としました。 従来の変異株を用いた遺伝学的な解析法では、非コードDNA領域の機能を解析するのは非常に困難です。そこで、 分裂酵母の複数個体のゲノムを比較する(比較ゲノム解析法) という、逆方向のアプローチをとりました。 たとえ同種の個体であっても、そこには個体差があり、それはゲノムの多様性に起因します。ゲノム多様性のデータには、 機能の重要性を含めた進化上重要なファクターに関する情報が眠っています。そこからインターメアの候補配列を見つけ 出すのです。今回我々は、分裂酵母野生株32種のゲノムを決定し、比較ゲノム解析を行い、インターメア候補領域を 特定しました。染色体の機能が異常になると、癌をはじめとする多くの疾患を引き起こすことが知られています。 インターメアは染色体の機能維持に関わると考えられるので、今回の成果はそのような染色体異常の発症メカニズムの 解明につながる重要な基礎研究となります。
Population Genomics of the Fission Yeast Schizosaccharomyces pombe
PLOS ONE
ジェフリー・フォーセット(総研大)、飯田哲史(遺伝研)、宅野将平(総研大)
杉野隆一(総研大)、角友之(総研大)、久郷和人(東京大)、村幸子(東京大)
小林武彦(遺伝研)、太田邦史(東京大)、中山潤一(名市大)、印南秀樹(総研大)
生物の設計図であるゲノム(全遺伝子情報)は染色体という「乗りもの」にのって細胞の中の核に収納されています。 染色体は細胞分裂に先立ち複製されて2倍となり、分裂時にはコンパクトに凝縮して新しくできた細胞にそれぞれ分配 されていきます。またこの染色体は発生の段階 や各組織において、いつ、どこで、何の、遺伝子を発現させるかを決め、 さらには配偶子(卵や精子)形成時の組換え(DNAのつなぎかえ)を引き起こし、子孫の多様性を増しています。このように 染色体は遺伝子の単なる乗りものではなくて発生、分化、老化、生殖等の生理機能の制御において中心的な役割を担っています。
染色体の機能は、これまで主としてモデル生物である酵母を用いて解析されてきました。酵母突然変異体の解析から多くの 染色体機能に関わる遺伝子が同定されましたが、肝心の染色体本体の、どこが、どのように関わっているのか、つまり「乗りもの」の 構造的な情報は、非常にかぎられていました。その理由は従来の突然変異体の解析では遺伝子以外の場所(配列)の異常を 見つけることが困難だからです。詳しくは下で説明いたします。 この染色体機能に関わる配列は遺伝子と遺伝子の間に存在する 「非コードDNA領域」と呼ばれる領域に存在します。ヒトの染色体の場合ですと、非コード DNA領域は染色体全体の98%を占めています。 そのおよそ半分が、解析が難しい繰り返し配列によって構成され、非コードDNA領域はゲノムの「秘境」と呼ばれています。 我々はこの未知なる非コードDNA領域のもつ、染色体の機能維持関わる配列を同定するために研究チームとして取り組んで参りました。
今回我々は染色体研究で最もよく解析されているモデル生物「分裂酵母」を用いて解析を行いました。分裂酵母の染色体機能 (複製、凝縮、分配、組換え、転写調節等)はヒトの細胞のそれらと非常によく似ていることが知られています。ただこれまで 用いられてきた遺伝学的な解析法、つまり染色体機能が異常になった変異株からその遺伝子を同定する方法では、非コードDNA 領域の機能を解析するのは非常に困難です。というのは、非コードDNA領域の機能配列(我々はこれをインターメアと呼んで います)はタンパク質をコードする遺伝子ではないため、多少配列が変化してもその機能が影響を受けにくくて細胞が異常に ならないからです。また同じ 機能を持った配列が多数存在すると考えられますので、たとえ1つ壊れたところで細胞に異常が 現れることはほとんどありません。そこで最も有効は解析方法として、比較ゲノム解析法があります。これは近縁種間で配列を 比較して、長い進化の過程で変化しなかった配列(保存配列)をインターメアの候補として見つけ出す方法です。この保存配列は 何らかの重要な機能を持っていて、壊れたら不都合が起こるため、進化的に保存されてきたと考えられます。これまでも狭い領域、 例えばある遺伝子の上流領域などで、この比較ゲノ ム解析が行われ、その発現が関わる配列の同定などに利用されてきました。 ただ、この方法は、ゲノム全体に渡っての解析は大変労力がかかること、さらにデータの精度を高めるためにはできるだけ多くの 近縁種を調べる必要があることから、ほとんど行われてきませんでした。今回我々は、染色体研究のモデル生物「分裂酵母」を 研究対象としました(図1参照)。総合研究大学院大学、名古屋市立大学、東京大学、国立遺伝学研究所の共同研究により 分裂酵母野生株32種のゲノムを決定し、比較ゲノム解析を行いました(図2参照)。ゲノム上において変異の多いところ、 少ないところを視覚化することに成功し(図3参照)、多くのインターメアの候補領域を決定しました。今後これらの領域における 機能を解析していきます。
染色体の機能が異常になると、癌をはじめとする多くの疾患を引き起こすことが知られています。インターメアは染色体の 機能維持に関わると考えられるので、今回の成果はそのような染色体異常の発症メカニズムの解明につながる重要な基礎研究 となるものと思われます。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「ゲノムを支える非コードDNA領域の機能」(代表 小林武彦・ 国立遺伝学研究所)の支援を受け、総合研究大学院大学、名古屋市立大学、東京大学、国立遺伝学研究所の共同研究 として行われました。