トンボは異なる光環境ごとに光センサーを使い分けている
- 色覚に関わる遺伝子の著しい多様性の発見 -

ポイント

概要

独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)生物プロセス研究部門 【研究部門長 田村 具博】生物共生進化機構研究グループ 二橋 亮 主任研究員、深津 武馬 首席研究員(兼) 研究グループ長らと、東京農業大学【学長 髙野 克己】(以下「東京農大」という)応用生物科学部 矢嶋 俊介 教授、 生物資源ゲノム解析センター 川原(三木) 玲香 博士研究員、国立大学法人 総合研究大学院大学【学長 岡田 泰伸】( 以下「総研大」という)先導科学研究科 蟻川 謙太郎 教授、木下 充代 講師らは共同で、トンボの色覚に関わる光センサー を作り出すオプシン遺伝子が著しく多様であることを発見した。

私たちヒトは青色光、緑色光、赤色光に対応したオプシン遺伝子を持つことで、三原色を基盤として多様な色を認識できる。 昆虫などでは紫外線に対応したオプシン遺伝子を持つために、ヒトには見えない紫外線も認識できるなど、オプシン遺伝子と 色覚には密接な関係がある。多くの動物では3~5種類のオプシン遺伝子が色覚に関わることが知られているが、今回、トンボは 例外的に15~33種類という極めて多いオプシン遺伝子を持つこと、また、多くのオプシン遺伝子を幼虫(ヤゴ)と成虫の間で、 さらには成虫では複眼の背側と腹側の間で使い分けていることが分かった。これは動物の色覚の多様性と進化に関する新知見である。
なお、この研究成果は、2015年2月24日(日本時間)に米国の学術誌「Proceedings of the National Academy of Science USA」 (米国科学アカデミー紀要)にオンライン掲載される。

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飛翔するギンヤンマ。高度に発達した複眼を持つ。

研究の社会的背景

視覚はヒトを含む多くの動物にとって非常に重要な感覚であり、基礎から応用まで盛んに研究されている。光は、 眼にある光受容細胞で 電気信号に変換され、脳で情報処理される。光受容細胞中には、「光センサー」として 機能するオプシンタンパク質が存在する。このオプシンタンパク質を作り出すのがオプシン遺伝子である。 異なる種類のオプシン遺伝子は、感受性の異なる「光センサー」を作り出す。たとえばヒトは、青色光、緑色光、 赤色光に対応した光センサーを作り出す3種類のオプシン遺伝子を持つ。そのため、ヒトには赤色から紫色が見えるが 紫外線は見えない。一方、ミツバチやショウジョウバエは紫外線に対応したオプシン遺伝子を持つが赤色光に対応した オプシン遺伝子がないため、紫外線が見えるが赤色は見えない。このように、オプシン遺伝子と色 覚には密接な関係がある。 これまでは、ほとんどの動物で3~5種類のオプシンタンパク質が色覚に関係していると考えられてきた。
トンボは多数の小さな目(個眼)が集まってできた複眼を持つ昼行性の昆虫で、アカトンボなど鮮やかな体色を持つ種類が多い。 聴覚や嗅覚は退化しており、他の昆虫と比べて視覚への依存度が高い。しかし、トンボの色覚に関わる分子機構は未解明であった。

研究の経緯

産総研では、さまざまな昆虫類を対象として高度な生物機能の解明に取り組んできた。生態的に重要な機能を持つ昆虫の 体色に関しては「昆虫の体色を変 化させる共生細菌を発見」(2010年11月19日 産総研プレス発表)、「アカトンボが どうして赤くなるのかを解明」(2012年7月10日 産総研プレス発表)などの特筆すべき研究成果がある。
東京農大では、「生物資源ゲノム解析拠点」として、次世代シーケンサーを用いた生物の遺伝子解析に実績がある。 総研大では、動物の色覚に関わる分子基盤や生理現象の解析に多くの実績がある。今回の成果は、未解明であったトンボ の色覚多様性の分子基盤について、各研究機関の従来の研究蓄積を活かし、共同で取り組むことにより達成したものである。
なお、本研究は、独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費補助金と文部科学省補助金による支援を受けて遂行した。

研究の内容

アカトンボの1種であるアキアカネを用いて、トンボの複眼がどの波長の光によく反応するかを解析した。トンボは頭部に一 対の大きな複眼と3個の単眼を持つが、色覚を担うのは主に複眼である。単眼は水平感覚に関与している(図1a)。アキアカネの 複眼は、背側と腹側が構造的に異なり、背側では1つ1つの個眼が大きく、細胞内に橙色の色素が蓄積しているのに対して、 腹側では個眼は小さく、細胞内に濃紫色の色素が蓄積している(図1a、図1b)。複眼に電 極を刺して解析した結果、背側では 主に紫外線(300 nm)から青緑色(500 nm)の短波長の光によく反応するのに対して、腹側では紫外線から赤色(620 nm)までの幅 広い波長の光に反応することが分かった(図1c)。つまりアキアカネでは、複眼の背側と腹側で色覚が異なっている可能性がある。

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図1 トンボの複眼の構造と光の応答感度
(a)アキアカネの頭部、(b)アキアカネ複眼の断面図、(c)光の波長ごとの複眼の応答感度

そもそもトンボに何種類のオプシン遺伝子が存在するのかも不明であったため、次世代シーケンサーを用いてアキアカネの成虫や 幼虫の頭部で機能してい る遺伝子を網羅的に解析した。その結果、20種類ものオプシン遺伝子が同定された(図2a)。昆虫の オプシンタンパク質はアミノ酸配列の特徴から、視覚型 と非視覚型に大別される。視覚型には、紫外線タイプ、短波長(青)タイプ、 長波長(緑~赤)タイプがある。アキアカネは、紫外線タイプを1種類、短波長タ イプを5種類、長波長タイプを10種類、 非視覚型を4種類持っており、視覚型のオプシンの遺伝子数が他の昆虫と比べて桁違いに多いことが明らかになった (図2a)。 さらに、さまざまなトンボ類でオプシン遺伝子数を調べたところ、いずれのトンボでもオプシン遺伝子が15~33種類と非常に 多くなっていることが確認された。

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図2 昆虫におけるオプシン遺伝子数の進化とアキアカネで機能するオプシン遺伝子の内訳
(a)アキアカネとゲノム既知の昆虫のオプシン遺伝子数の比較、
(b)アキアカネの成虫の複眼背側、複眼腹側、単眼周辺と幼虫頭部で使われるオプシン遺伝子の数。 個々の遺伝子は、基本的に特定の時期および領域でのみ機能していた。

次に、成虫の複眼背側、複眼腹側、単眼周辺と、幼虫頭部に分けて、オプシン遺伝子の種類を解析した。その結果、 大部分のオプシン遺伝子は、特定の時期や領域だけで働いていることが分かった。図2bにアキアカネの例を示すが、 個々のオプシン遺伝子は、幼虫と成虫のどちらか一方だけで使われていた。さらに、成虫で使われている大部分の遺伝子は、 複眼背側、複眼腹側、単眼周辺のどこか一カ所の領域だけで働いていることが確認された(図2b)。つまり、トンボでは、 幼虫と成虫の間のみならず、成虫複眼の背側と腹側の間でも、そこで機能するオプシン遺伝子の種類が全く異なっていた。 これが光に対する感度の違いを生んでいる可能性が高い。なお、非視覚型の4種類のオプシン遺伝子は、複眼、単眼のどちら でもあまり使われていなかった。

トンボの幼虫は水中であまり動かずに生活するのに対して、成虫は陸上を活発に飛びまわる。したがって幼虫は成虫に比べると 視覚や色覚への依存性が低いと予想される。また成虫では、複眼の背側では主に空を背景に物体を認識し、複眼の腹側では主に 地表の環境、繁殖相手や餌などを認識する。

このような多様な光環境に適応するため、トンボはオプシン遺伝子を多様化させ、成長過程や複眼領域ごとに使い分けるよう になったと考えられる(図 3)。すなわち、視覚への依存性の低い幼虫では比較的少数のオプシン遺伝子が使われるのに対し、 成虫の複眼では多数のオプシン遺伝子が使われている。しかも同じ成虫複眼でも、空から直接届く短い波長成分の多い光を受容 する背側では短波長オプシン遺伝子が多く使われるのに対し、地表の物体からの反射光を受け取る腹側では、長波長オプシン 遺伝子が多く使われている(図2b、図3)。

オプシン遺伝子の種数や組み合わせはトンボの種ごとに異なっていたが、興味深いことに、幼虫が砂に潜って生活する種類では、 幼虫期に機能する短波長オプシン遺伝子が失われているなど、それぞれの種の生息環境や行動に応じてオプシン遺伝子が進化した 可能性が考えられる。

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図3 トンボにおけるオプシン遺伝子の使い分け(写真はアキアカネ)

今回の結果から、トンボでは異なる光環境に合わせて異なるオプシン遺伝子セットを使い分けており、オプシン遺伝子数の 著しい増加がその基盤となって いることが分かった。それぞれの環境ごとに別の遺伝子セットを用いる意義については さらなる研究が必要であり、各遺伝子の特性を解析することで、異なる光環境に対する生物の適応機構の理解が深まることが 期待される。

今後の予定

今後は、各オプシン遺伝子に関して個々の光受容細胞レベルで解析することで、個々の遺伝子の詳しい特性を解明し、 色覚の進化や異なる光環境への適応に関わる分子基盤の解明に取り組みたい。

用語の解説

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